第1章 因果律の彼方に
「……っ」
唇に微かな痛みが走った。遅れて気づく。
目を上げれば、窓の外はすでに闇の帳に包まれていた。朝だったはずが、いつのまにか夜になっていたらしい。
その瞬間、身体のあちこちが痛みを訴え始めた。擦り傷、裂傷、そのすべてが、ようやく存在を主張し出す。
痛みは鋭く、煩わしい。どうやら睡眠すら拒む気らしい。
……明日は、診療所に行くべきか。
元より無理は慣れたものだった。
研究に身を捧げる者が、健康管理に神経を使うなど滑稽だと、どこかで思っていた節もある。実際、これまで診療所に世話になった記憶など一度もない。
だが今回ばかりは、状況が違う。
ふと、留置所で渡された紹介状の存在を思い出し、机に手を伸ばした。
『中央修道院 J診療室』
紙面に記された文字を眺め、思わず口元が緩む。
――何という巡り合わせだ。
中央修道院。
私がかねてより学者として籍を置きたいと願っていた、最も規模の大きい修道院。
宗教、教育、経済、そして医療まで網羅した、まさに知の中心。
その門を、私が最初にくぐる理由がこれだとは。
学者としてではなく、怪我人として。
まったく、滑稽極まりない。
だが人生というものはえてして、こういう皮肉に満ちている。