第2章 理性の裂け目
「じゃあ、次は実際に星を見てみましょう。いまの時刻だと……北東の方角に、こと座が昇り始めているはずです」
私が目を凝らすと、彼が身を寄せてくる。視線の高さを揃えるため――それだけのはずなのに、頬が触れそうな距離に彼がいることに気づき、心臓が跳ねる。
わずかに風が吹いて、彼の外套が揺れた。そのとき、仄かに甘い香が鼻先をかすめる。研究室の匂いとは違う、意図的に整えられた香りだった。いつもよりわずかに柔らかく、けれど彼らしい、端正な香り。
混乱してしまいそうだった。私は星を探すどころか、自分の呼吸すらうまくできていない。
――落ち着いて。私は今、学んでいるだけ。教わっているだけ。
そう自分に言い聞かせながら、ようやく一通りの操作を覚えることができた。
「理解が早いですね。初めてとは思えない」
少し驚いたような声に、私は小さくうなずいた。けれど本当は、集中していたわけではない。彼の手の動き、声の響き、近すぎる距離――そんなことばかりが胸の中に渦巻いていて、今夜の星の位置なんて、何一つ覚えていない気がする。
「いえ、バデーニさんの教え方が丁寧だったからです」
そう答えると、彼は少しだけ目を細めて頷いた。その横顔を見ていると、どこか遠い星のように思えて、思わず目を逸らした。