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軌道逸脱と感情の干渉について【チ。/バデーニ】

第2章 理性の裂け目



 ◇◇◇◇

 
 あの日から半月が経った。
 一ヶ月浸けた薬草酒を慎重に濾しながら、私は溜め息をつく。
 
 あのときのバデーニさんは、明らかに様子がおかしかった。ああまでして不快をあらわにするなんて、よほど私の応対が気に障ったのだろう。
 
 だけど――私は分かっていた気がする。
 あの苛立ちは、ほんの少し、いやもしかすると、かなりの割合で、嫉妬に似た感情だったのではないかと。
 私が誰と話していたか、それが男性だったか。そういうことを、気にしていたのだとしたら。

 ……そう考えて、内心すこし浮かれてしまった自分を、今は情けなく思う。
 結局私は彼の真意をきちんと問うこともできず、あまつさえ彼の態度に腹を立て、素っ気なく返してしまった。
 本当はもっと話したかったのに。新しい薬草のこと、最近ようやく軌道に乗り始めた実験のこと、彼の修道院での新生活、研究の進捗……聞いてほしかったことや聞きたかったことは山ほどあったのに。

 ふと、扉がノックされた。
 ありがたいことに私の担当患者は増えつつあり、その影響で実験を中断することも増えていた。
 私は声で応じながら慌てて大瓶を置き、扉へと駆け寄った。

「……バデーニさん」
 
 その姿を見たとき、胸が苦しくなった。

「失礼します」

 そう言って現れた彼は、以前よりも少し痩せたように見えた。頬のあたりに影が落ちて、目の下には疲労の色が濃く出ている。

「ご無沙汰しています。……診察を受けたいのですが」
「はい?……どこか、具合が悪いんですか?」

 私は思わず顔を覗き込み、彼の表情をうかがった。
 すると彼は、わずかに苦笑しながら答える。

「明確な症状はありません。ただ、連日研究が立て込んでいて、少し不摂生が過ぎたようです。まったく、若い頃の体力に甘えていた報いでしょうか」
「……そうだったんですね。無理をなさらないでください。今、診察の準備をします」

 手元の記録用紙を取り出そうとしたとき、彼の声が被さった。
 
「その前に……少しだけ、話をさせていただいても構いませんか?」
 
 私は、ゆっくりと手を止めた。
 
「ええ、どうぞ」

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