• テキストサイズ

軌道逸脱と感情の干渉について【チ。/バデーニ】

第2章 理性の裂け目



姿を現したのは、三十路に差し掛かったであろう世俗の男だった。私と目が合うなり、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まる。 

「どうされました? ……あっ、バデーニさん!」

中から彼女の声がして、顔を覗かせた。

「ジルさん。ご無沙汰しております。この方は?」
「患者様です。街の方も、こちらの診療所を自由に利用できるんですよ」

彼女の説明に、私は一度男へと視線を戻す。男は目を逸らし、わずかに後退しながら「またよろしくお願いします」とだけ言い残して退室した。
男が廊下の向こうに消えてゆく間、私と彼女の間には妙な沈黙が流れていた。

「バデーニさん、そのお姿……とうとうご出家なさったのですね。おめでとうございます」

彼女はどこか遠慮がちに微笑みながら言った。その控えめな姿に、私は胸の内に澱のような感情を感じながらも、応える。 

「ええ。お陰様で忙しくしております。ご挨拶が遅れました」 

思いのほか素っ気ない口調が口を突いて出る。「ああ、こちらを」と小包を手渡すのもどこか事務的だった。

「わ、わざわざ……ありがとうございます」
「私の荷物のついでです。それでは」

もっと話すつもりだったのに、言葉を重ねるどころか、踵を返してしまった。

「バデーニさん!」

彼女の声に、私は横顔だけ振り返る。

「せっかくお会いできたのです。中で少し……お話しませんか?」
「先ほども申した通り、私は忙しいのです」

語気が思いのほか強くなった。

「バデーニさん?」
「なんですか」
「……怒っていらっしゃるのですか?」

問いかけに、私は無言のまま振り向き、肩で息をついた。
──怒っているのか、私は。ただ、不快に感じたということは確かだ。

「怒っているというより……不快なのです」
「何が、でしょうか」

私は言葉を選びながら続ける。
/ 84ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp