第2章 理性の裂け目
晴れて修道院に入院して以来、私は研究と日々の業務に追われ、ジルさんと顔を合わせる機会はおよそ一ヶ月ほど途絶えていた。
時間的な余裕がなかったのはもちろんだが、それ以上に、修道士も修道女も基本的に自由な交友は許されておらず、貞潔・清貧・従順の三つの誓願のもと、男女の関わりには厳格な制限が課されていた。
ジルさんは今、どうしているだろう――ふとした折に、思いが脳裏をよぎる。
研究は順調だろうか。新たな試みに取り組んでいるのだろうか。
次第にその姿を想像する時間が増えていた。
私の意思とは無関係に。
そんなある日、修道院の資材庫に寄った際、ジルさん宛ての小包が届いているのを目にした。隣国の住所が記されていたことから、おそらくは当地では手に入らない薬草の類だろう。
荷を手に取り、私は診療所の『J』室へ向かう。診療所の配置は把握していたが、修道士区画から直接向かうのは初めてで、少々手間取った。
廊下を歩きながら、彼女にどのように使う薬草なのか、尋ねてみようと考えていた。治療か研究か、はたまた新たな調剤法でも見つけたのか。
彼女のことを思うたび、口元が緩むのを自覚する。
ようやく馴染みのある通りに出たとき、胸の鼓動がひときわ強くなるのを感じる。
A、B、C……診療室の扉を一つひとつ通り過ぎていくたびに、無意味なほど緊張が高まっていった。我ながら滑稽だ。
『J』の前に立ち、ノックをしようと手を上げた瞬間――中から声が聞こえてきた。
「……ふふ、そんなことが」
ジルさんの声だ。誰かと話しているらしい。
耳を澄ませば、もう一つ、くぐもった声が重なる。
「……いつも……ございます」
男の声だった。
その口調から察するに、妙に馴れ馴れしく、そして親しげな空気が漂っていた。
胸の奥がざわめく。
その刹那、扉が開いた。