第1章 因果律の彼方に
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机の上の小瓶や薬草、書物をかき分け、私たちはわずかな空間を挟んで向かい合って座った。
バデーニさんは持参した資料を丁寧に広げ、情熱を込めて語り始めた。
神学と天文学の関係、複雑怪奇な宇宙論の中に潜む規則性の美しさ、自分だけが見つけ出した真理の存在――。
私は話のすべてを理解できたわけではないけれど、ただ夢中で聞き入っていた。
「……それで、質問はありますか?」
突然の問いかけに、私ははっと我に返った。
「す、素晴らしいです!なんていうか……バデーニさんがこんなに情熱的な方だったなんて」
「情熱的?」
「はい。偏見が強くて、人を寄せつけない雰囲気の方だと思っていたので……でも、今日お話ししていて思いました。きっと、こちらの姿が本当のバデーニさんなんだって」
「偏見……?どういう意味ですか」
「分からないなら、大丈夫です」
「……失礼な」
むっとした様子のバデーニさんに、「すみません」と笑っていなす。
「それで、お聞きしてもいいですか?どうして今日、私にこんなお話を?」
「それは……今後もお世話になる場面があるかと。ご挨拶に伺いました」
「え?」
「その話は後です。実は、ジルさんに少しばかり感謝していまして」
そして彼は、顔の傷が出来た経緯のこと、研究から距離を置いていたこと、私との会話がきっかけで再び知の道に戻ろうと決意したことを話してくれた。
「……軽蔑しましたか?」
「え?」
「ずっと黙っていてすみません。私は、人を殺したんです。聖職者のあなたが、私を穢らわしいと思うのも当然です」
「いえ……実は、紹介状で決闘のことは知っていました」
彼の目が驚きに見開かれる。
「誰にでも、自分の信念を守るために引いてはいけない瞬間があります。バデーニさんは、今回がそうだったんでしょう。そして、神様があなたを生かしてくださったのなら、それが答えです」
私はまっすぐに、彼の目を見て言った。
「……驚いた。今日は、完全に拒絶される覚悟で来たんですけどね」
そう言って小さく息をついた彼の表情は、どこか晴れやかで、初めて見るものだった。
「それで、私塾の方に戻られるのですか?」
「いいえ。私塾は辞めます」
「あれ?それではどこかに籍を移して……」
彼は私の問いかけに意味ありげな沈黙を返し、やや前のめりになって続けた。
