第1章 因果律の彼方に
◇◇◇◇
とある日の昼下がり。バデーニさんと別れてから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。
不思議な人だった。できることなら、もっと早く彼と研究の話がしたかった――そんな名残惜しさが、ふと胸をよぎる。とりわけ、彼の天文学について聞けなかったのが心残りだった。
研究の合間、私はそんなことをぼんやりと思い返していた。あのときの、少しぎこちなくも穏やかな笑顔を思い出してしまって――
……可愛い、なんて、思ってしまった。
だめだ。私は貞潔、清貧、従順の誓願を立てた修道女なのだから。こんな気持ちに心を奪われてはいけない。
「あつっ……!」
加熱していた陶器に触れてしまい、指先を火傷してしまった。赤くなった肌を見つめながら、私は小さくため息をつく。
そのとき、扉がノックされた。診療室長が写本の催促に来られたのだろうか。
私は慌てて扉へと向かい、勢いよく開けた。
「……! バデーニさん!」
「お久しぶりです」
バデーニさんは静かに私の横を通り、部屋の中へ入ってきた。いつもより少し硬い表情で、私に振り返る。
「ジルさん。今、お時間よろしいですか?」
「は、はい!」
……私の名前を、初めて呼んでくださった。
「驚きました。今日はどうされたのですか?」
「前に、私の研究内容を尋ねてくださったでしょう。あのときは答えられなかったので……今日はその続きを。それと報告をひとつ」
「報告……?分かりました。どうぞ、そちらにお掛けください。お茶をご用意しますね」
頬が熱くなる。悟られたくなくて、私はそそくさと台所に逃げ込んだ。