• テキストサイズ

軌道逸脱と感情の干渉について【チ。/バデーニ】

第1章 因果律の彼方に



 *

 その夜、私は久々に丘へ登り、仰向けに寝そべって星を眺めていた。
 地面に背を預けると、草の匂いと土の冷たさが、じんわりと体に染み込んでくる。
 ただ見上げているだけなのに、星たちは私に何かを語りかけるようだった。

 夜空は、ただの美しい風景ではない。
 それは神が描いた数式であり、知性と神秘の狭間にある巨大な真理の構造だ。
 私はこの感覚を、忘れることも、逃れることもできない。
 それは呪いのようであり、同時に、唯一の救いでもあった。

 深いため息が漏れた。

 瞼を閉じ、ジルさんの顔が浮かぶ。
 知ることの喜びを、そのままあどけなく顔に出す人だった。

 ……羨ましい。あの無垢さを、私はとうに失った。
 もはや、あの人のように星を見上げることはできない。

 私は己の研究と名誉のために、親友を――
 神が許すはずがない。

 この罪は、どんな悔い改めも償いもしない。
 この傷は、どんな治療でも癒えない。
 これは、神が私に与えた十字架だ。

 けれど――なぜ私は、こうしてまだ生きている?

 心のどこかで、問いが生まれていた。
 ジルさんがいなくなって、私の中に何も残らなかったなら、
 私はあの瞬間、星を見る資格を失ったなら、
 ――なぜ私は、こうして夜空の下にいる?

 もし神が本当に存在するなら、
 私にこれほどの知識欲と観測の目を与えた意味は、何なのか。
 この手がまだ震えるのは、ただの罪悪感なのか。
 それとも、まだ何かを為せと、どこかで誰かが私を呼んでいるのか。

 私は跳ね起きた。

 風が一陣、草を鳴らす。
 心臓が、痛いほどに脈打っていた。

 そして、私は駆け戻る――寮の扉を乱暴に開け、机へ向かう。

 呼吸を整え、震える手で……私は、封印していた天文学書を開いた。
 星図の頁が目に入る。まるでそれは、沈黙の中で私を見つめ返してくるようだった。

/ 84ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp