第1章 因果律の彼方に
口をつぐむ。
赤の他人に、積み上げた成果を軽々と語ってよいものか。いや、彼女にそれを盗用する力はない。だが、問題はそこではない。
――私は、研究を語れるほどの心を、もう持ち合わせていないのだ。
彼女のように純粋に、まっすぐに知へ向かう姿が、羨ましくて痛む。
「それは、またいずれ」
彼女もそれ以上は追及せず、頷いた。
「今日は楽しいお話をありがとうございました。もうお会いすることもないかもしれませんが、最後にお名前を伺っても?」
「私はジルと申します」
「ありがとう。私はバデーニです」
「存じております」
軽口を交わし、私は診療室をあとにした。