第6章 やぶれない檻
静まり返った廊下の空気が、ひどく重く感じた。
は早足で角を曲がり、人のいないスペースに辿り着くと、その場にしゃがみ込んだ。
──言えなかった。
──言わなきゃ、って思ったのに。
──あの声が聞こえた瞬間、全部が凍りついた。
「……っ、く……っ……」
肩が大きく上下し、呼吸が乱れる。手が震える。目の前がぼやけて、視界の端が滲んでいく。
耳の奥で、あの低く穏やかな声が何度も反響していた。
優人の、あまりに優しすぎる声と笑顔が、頭から離れなかった。
そのとき。
凛「……おい」
駆け寄る足音。視界の中に、しゃがみ込むようにして凛の姿が現れる。
凛「どうした。 ……呼吸が浅い」
の震える肩を、凛は片手で支える。もう片方の手で、慎重に背中をさすった。
凛「落ち着け…俺の声、聞こえるか」
凛の声音は、驚くほど穏やかだった。
彼がこんなにも真剣に、柔らかく誰かに声をかける姿を、は知らなかった。
凛「吸って……ゆっくり……吐け。」
すぐに大丈夫にはならなかった。
けれど、凛の手の温もりと一定の声の調子が、少しずつ呼吸を整えてくれる。
──その様子を。
角を曲がった先の、照明の影。
そこに立つひとりの男が、静かにその場面を見つめていた。
タオルを片手に持ったまま、優人は笑みも浮かべず、微動だにしないまま。
ただ、その光景をじっと、じっと見ていた。