第5章 忘れられない人
少し離れた場所から、凛がこちらを見ていた。
いつものような無関心ではない。
どこか“観察”するようなまなざし。
視線がぶつかると、彼はそっと視線を外したが──たしかに何かを測るように、こちらを見ていた。
(……気づかれてる?)
いや、そんなはずはない。でも、胸の奥がざわつく。
そしてふと、後ろを誰かが通った、その刹那──微かに、甘い香りが鼻を掠めた。
一瞬で、頭の奥が冷える。
(やだ……やだやだ、来ないで)
誰が歩いたのか、もう分からない。
けれど香りだけで分かる。あの匂い。
あの人の、香水の匂い。
(……この空気の中に、あの人がいる。同じ空間に、いるんだ…)
視界がにじむ前に、は一度だけ深呼吸をして、無理やり目を閉じた。
笑おう。普通にしよう。ここは安全。みんながいる。大丈夫。
──そう言い聞かせても、首筋に、腕に、誰かの手が残っている気がしてならなかった。