第5章 忘れられない人
――数日後の午後。廊下、休憩スペース。
明るい声が交わされる中、は笑顔を貼りつけるようにして、テーブルにつく。
千切が軽口を叩き、潔がそれに苦笑で返す。
國神と凪は、黙々とプロテインバーをかじっていた。
その場にの笑い声も混ざる。だが──その笑顔は、どこか引きつっていた。
ほんのわずか。会話の合間に、の視線が廊下の奥をかすめる。
──優人が、誰かに軽く頭を下げながら歩いているのが見えた瞬間。
の手元が一瞬だけ止まる。
指が、カップを持つ手が、かすかに震えた。
すぐに何もなかったように笑顔に戻る。
けれど、その一瞬の“沈黙”は、凛の目にしっかりと映っていた。
彼は離れたソファの背にもたれ、スマホをいじるふりをしていたが──目線は、の些細な動きに向けられていた。
凛side
凛(……さっき、視線があいつに向いた瞬間、表情が変わった)
凛(恐怖か、嫌悪か──いや、“怯え”だ。無意識に動きが止まってた)
目を細める。思考が研ぎ澄まされていく。
凛(優人に対してだけ、あんな反応を見せる理由があるとしたら──)
凛(……関係が、ある?)
凛はスマホの画面に視線を落としながら、静かに呼吸を整えた。
確証はない。証拠も、まだ何も。
だが──自分の中に“仮説”が芽生え始めたことに、凛自身が誰より敏感だった。