第5章 忘れられない人
――一方その頃、共有スペース。
はモップを片手に、みんなの声を遠巻きに聞いていた。
"ロッカーがいじられた""知らない人がいた"
それだけで、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
(もしかして……優人……?)
だが、誰にも言えない。言ったところで信じてもらえるはずがない。
ガラス張りの廊下を誰かが通る。
──その人影を見た瞬間、の手が止まった。
アンリと一緒に歩く、あの人──
数日前、が見かけてしまった優人だった。
ア「この施設、どうですか?まだ慣れないと思いますけど」
優「いえ、とても整っていて感動しました。……本当に、選手の皆さんの環境が素晴らしい」
にこやかに話す優人の姿は、まるで“良識ある社会人”。
その笑顔に、近くを通りかかったスタッフが軽く頭を下げる。
はモップを強く握った。
吐き気がしそうなほどの恐怖を、必死で飲み込む。
――少し離れた場所でそれを見ていたのは、凛だった。
廊下の端から黙ってその様子を見つめていた彼は、
わずかに目を細めた。
凛(……また、顔がこわばってる)
凛は優人の後ろ姿に目をやる。
誰もが好印象を抱きそうな柔和な態度、礼儀正しさ。
アンリも、安心したように微笑んでいた。
凛(……あれが理由か?でも、あいつは何者だ)
だが、凛はまだ何も言わない。
確証がない限り、を動揺させるようなことはしない。
ただ、静かに、冷静に。
誰よりも深く、の異変を観察していた。