第5章 忘れられない人
凛side
の背が遠ざかる。
その歩みはもう震えてなんかいなかった。
ちゃんと地に足がついていて、前を向いていた。
凛「……無理するなよ」
もう届かない声でそう呟いて、凛は一度、目を伏せた。
冷たい風が頬をかすめていく。けれど胸の奥だけが妙に熱い。
──出てきたときのあいつの顔。
あの震え。力のない足取り。
今でもはっきりと焼きついてる。
あいつがあんなふうになるまで追い詰められてたのに、自分は何もできなかった。
気づいてすらやれなかった。
凛(……何やってんだ、俺)
胸の奥がきしんだ。
怒りじゃない。悔しさでもない。
ただ、ただ、どうしようもなく……苦しかった。
自分は人と深く関わることを避けてきた。
誰にも期待しなければ、誰にも期待されない。
それが楽だった。
けれど──あのとき、名前を呼ばれて、ふと振り返った瞬間。
見つめられたあの目に、自分の心の一部が強く揺れたのを、確かに感じた。
凛(……笑えるようになったんだな、おまえ)
その笑顔を見て、安心した。
同時に、ほんの少しだけ、胸がざわついた。
凛(……俺じゃなくても、あいつは大丈夫なのかもな)
そんな考えがふと過ぎって、喉の奥がきゅっと締めつけられる。
凛「……クソッ」
自分でも意味がわからない感情に、舌打ちが漏れた。
けれどその感情は、確かにそこにあった。
あいつのことを守りたかった。
気づいてやりたかった。
安心させたかった。
凛(……俺、いつからそんなふうに思うようになったんだ)
風が通り抜ける。
ふと空を見上げると、朝焼けが少しずつ消えて、青空が広がっていくところだった。
凛「……バカだな、俺」
そう小さくこぼして、彼はまたボールを足元に置いた。
静かにステップを踏み始める。
けれど、さっきまでの動きとはどこか違っていた。
重心が変わった。
バランスが、リズムが、そして……心が。
それは、自分でも気づかないうちに、
“のために動きたい”そんなことを思わせるプレイだった。