第5章 忘れられない人
ーーあの日から、ほんの少しずつ。
胸の奥に残っていた不安は、みんなの優しさに触れるたび、少しずつ溶けて行った。
そしていつもより早く目が覚めた朝。
まだ施設の廊下は静かで、外もほんのり白んでいるだけだった。
水を飲みに出たついでに、ふと練習場を見ると──グラウンドの端に、一人だけいる影があった。
(……あれ、凛くん?)
軽くストレッチをして、ボールを置いて。
それから音も立てずに、彼は滑らかに動き出す。
パスでもシュートでもない、独特なステップとターンの連続
──まるで影と踊っているみたいだった。
(……いつも夜にしか見かけなかったのに)
汗も陽の光もまだほとんど感じない時間帯。
そんな冷えた空気のなかで、彼だけが熱をまとっているように見えた。
やがて、ひとつのプレイが止まる。
凛はボールを手に取り、無言のまま天を仰いだ。
その横顔が少しだけ苦しげだったのは──気のせいだっただろうか。
は声をかけようとしたが、やめた。
あの静けさを壊してはいけないような気がして、その場を立ち去ろうとすると。
凛「おい」
凛に呼び止められた。
はびくっと肩を揺らした。
「ご、ごめん…邪魔しちゃって…」
凛「まだ何も言ってねぇだろ。勝手に決めつけんな」
「ごめん…」
凛「別に何も悪りぃことしてないんだから謝るな」
「ごめ…あ、うん…ありがとう」
凛「……大丈夫なのか」
「え…?」
凛「閉じ込められたんだろ。潔たちが付き添って出てくるとこ見た」
(心配してくれてる…?あの凛くんが…?)
「う、うん…みんなのおかげで何とか…今はもういつも通りだよ」
凛「…だから夜に一人でうろつくなって言ったんだ」
「ごめん…」
凛は申し訳なさそうに肩を縮こませるの姿をちらりと見るとバツが悪そうな顔をした。
凛「でも…」
「…?」