第4章 忍び寄る影
──静かな夕方。
業務を一段落させたは、資料の入ったバインダーを抱えて廊下を歩いていた。
空調の音だけが響く、誰もいない時間帯。
曲がり角の先から、凛がひとり歩いてくるのが見えた。
「あっ……」
すれ違いざま、軽く会釈をする。
けれどその瞬間――
凛「待て」
短くかけられた声に、は思わず足を止めた。
振り返ると、凛は真っ直ぐこちらを見ていた。
凛「……最近、顔色悪いな。何かあったか?」
その声に驚きながらも、は笑って首を振る。
「ううん、大丈夫。ちょっと寝不足なだけで……本当に平気だから」
けれど凛の視線は外れない。静かに、しかし確実に言葉を継ぐ。
凛「“大丈夫”って言うやつほど危ういの、何度も見てきた。お前もそう見える」
「……」
何も言えなくなって、視線が自然と逸れた。
それを見ていた凛は、深くは追及せず、小さく息を吐いて歩き出す。
けれどその背中越しに、ぽつりと呟いた。
凛「……ちゃんと、頼れ。誰でもいい。遅くなる前にな」
そう言って、凛はそのまま廊下の奥へと消えていった。
取り残されたは、胸の奥で何かが静かに揺れるのを感じていた。
「誰でもいい」なんて――
そう言われたのは、いつぶりだろう。