第4章 忍び寄る影
翌朝。
施設の廊下はまだ静かで、足音だけが響いていた。寝不足のせいか頭がぼんやりしていて、何度も書類の内容を読み間違えてしまう。
(大丈夫、大丈夫…ちょっと眠れなかっただけ…)
前日のことが頭から離れなかった。
資料の山の奥からぽろりと落ちた、黒い封筒。
見覚えのある字で綴られた「ずっとそばにいるからね」の一文。それを思い出すたびに、背中がひやりと冷える。
そんなとき、角を曲がった先から國神が姿を現した。
「…あ」
が思わず立ち止まると、國神も少しだけ目を見開いた。
言葉はなかったが、その目はどこまでも真っ直ぐで、迷いなくを見つめていた。
國「天羽?」
「おはよう、國神くん…」
國「…顔色、悪い。どうした」
國神はそっとの頬に優しく手を触れ、聞いた。
彼の一言に、は小さく首を振って微笑もうとする。
でもその笑みは、少し引きつってしまっていた。
「だ、大丈夫…昨日、ちょっと夜更かししちゃって…」
國神はしばし黙っていたが、の手にあるバインダーをちらりと見る。
國「無理するな。気張りすぎると続かない。……俺も、前にそれで潰れかけた」」
その言葉は淡々としていたが、どこか体験から来るような重みがあった。
「……うん、ありがとう」
の声がわずかに震えたのに、彼は気づいたようだった。
國「……あのさ。俺、朝食とる前にちょっとトレーニングルーム行くつもりだったけど、天羽も来るか? 誰もいないし、ちょっと歩くだけでも目が覚めるかも」
驚いて顔を上げると、國神は照れるわけでもなく、ただ真面目に彼女を見ていた。
國「疲れてるなら、断っていい。けど……」
そこまで言って、國神は少しだけ視線を逸らした。
國「……なんか、ほっとけなかった」
、ふっと息を吐いた。張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ気がした。
「……うん。行く。ありがとう、國神くん」
二人はゆっくりと歩き出した。静かにそばを歩いてくれる誰かがいるだけで、こんなにも気持ちが楽になるなんて――は、そんなことを思っていた。