第3章 意識の始まり
凛side
凛は共有スペースを出て、静かな廊下をゆっくり歩く。
天井の灯りが淡く照らす先に、誰もいない。
けれど、自分の心の中には、あのときの紅茶の香りが残っていた。
凛「……なんで、聞いたんだろ」
ぽつりと独り言のように呟く。
あいつのことなんて、どうでもいいと思ってたはずなのに。
でも、見たんだ。
あの子の、指の関節にうっすら残る痕。
少しだけひきつったような笑顔。
カップを持つ手の、小さな震え。
気づく人間なんて、きっといない。
でも自分は、ああいう目を知ってる。
凛「……クソみたいな世界だな」
感情を押し殺して生きてきた。
誰かに期待しないようにしてきた。
でも――
凛(もしあいつが、誰かに壊されてるなら)
ほんのわずかでも、自分の中の何かが動いた気がして、凛は小さく舌打ちした。
凛「関係ねぇよ……そんなの」
そう言いながらも、あの夜の光景は、頭から離れなかった。
…それでも。
自分の目にだけ映った“あの震え”を、見なかったふりはできなかった。
凛(俺も、きっと……どこか似てると思ったんだろ)