第3章 意識の始まり
そしてこの日も一日が静かに幕を閉じた。
「ふぅ…今日は練習にも付き合ったし、疲れた…。」
(……。なのに寝れない。明日も早いのに困ったな…)
は、そっと部屋を抜け出して、備え付けのキッチンで紅茶を淹れていた。
ティーバッグを揺らしながら、お湯が落ちる音に少しだけ癒される。
凛「……何してんの、こんな時間に」
静かな声にびくっとして振り返ると、そこにいたのは凛だった。
壁にもたれ、眠たげな目でじっとこちらを見ている。
凛(またビビってる)
「ご、ごめんなさい、邪魔しちゃって……ど、どうかした…?」
凛「電気ついてたから、誰か消し忘れたのかと思って」
ばっさりと言って、凛は向かいのソファに腰を下ろす。
会話が、続かない。
沈黙が流れ、ティーカップの中の蒸気だけがふわふわと揺れる。
けれどそのうち、凛がふとぽつりと漏らした。
凛「……その彼氏っての、どんなやつ?」
「……えっ?」
心臓が跳ねた。
は思わず、持っていたカップを握りしめる。
凛「いや。別に、興味があるわけじゃない。ただ……」
少しだけ、目を伏せた凛。
彼は続けない。けれどその一言に、確かな鋭さがあった。
「……もしかして…ちょっと、心配してくれてる?」
凛「さあ。そう思うなら、勝手にそうすれば」
ぶっきらぼうな声だったけれど、はその背中にほんの少し、優しさを感じた。
紅茶を一口すする。
「…誰から聞いたの?彼氏いるって」
凛「…潔が誰かに聞いてた。なんか回ってんだろ、そういうの」
「潔くんが…そう…なんだ…」
(……誰かが私のことを、話題にしてた。凛くんも、それを気にして…)
凛はそれ以上何も聞かずに、隣に来るでもなく、ただ一定の距離を保ったまま、そこにいてくれた。
この夜が、後にさなにとって特別なものになるとは、まだ誰も知らなかった。