第3章 意識の始まり
そしてまたあっという間に1日が終わり、その日の夜。
廊下の電気はすでに半分ほど落とされ、施設内にはぽつぽつと人の気配が残るのみだった。
千切は、日課にしている自主トレを終え、ストレッチをするためにトレーニングルームの横を通っていた。
千「……ん?」
ふと、備品室の前にしゃがみ込んでいる小柄な背中が目に入る。
千「……あれ、マネージャーの子?」
足音を立てずに近づくと、が一人、棚の中を整理しているところだった。
タオルの畳み方を整え、道具の配置をメモに書き写している。
端の方には水のボトルと、おにぎりがひとつ——夕飯もまだ食べていないのだろうか。
千「なにやってんだよ、こんな時間に」
声をかけると、びくりと肩を跳ねさせ、振り返った。
「……あ、千切くん。ごめんなさい、気づいたら遅くなってて……でも今日中に覚えておきたくて」
千「やりすぎだろ、普通に」
呆れたように言いながらも、千切は勝手に備品の一部を手伝い始める。特に頼まれたわけでもないのに、なぜか体が勝手に動いた。
「……ありがとう。でも、ほんとに無理しなくて大丈夫だよ?」
千「……國神とか潔が言ってたけどさ、ちゃんて、細かいとこまでよく見てんだな。それに俺がやりたいからやってるだけだし。……ちゃんが倒れたら、意味ねーし」
ぼそりと呟いたその言葉に、はきょとんと目を丸くして、それから小さく笑った。
「……千切くん、優しいね」
そしてその一言に、千切は反射的に顔を背けた。
千「……うるせえよ」
ぼそりと呟いて、タオルの山をもう一度整える。
気づけば時間はさらに過ぎ、千切は「もう帰れ。俺も片付け終わったら出るから」と背中で告げた。
千(……なんだよ、アイツ)
放っておけない、という感情に、少しイライラしながらも。
千(……マネージャーってだけなら、興味ねーはずだったのに)
知らぬ間に、“気になる”という感情の芽が、確かに彼の胸に根を下ろし始めていた。