第3章 意識の始まり
そしてある日の夕方。
ブルーロックの敷地内には、ほんの少し肌寒い風が吹き始めていた。トレーニング後、凪はスウェット姿のまま、水分補給用のボトルを部屋に置き忘れたことに気づいて、渋々廊下を引き返していた。
凪「……あー、めんど」
そう呟きながら角を曲がった先、ふと視界に人影が入る。
中庭に面したベンチ。そこに、小さな姿がひとつ。
凪(……あれ、マネージャーの子だ)
が雑巾でベンチを拭いていた。
少し薄暗くなりかけた空の下、黙々と作業している。
ブルーロックは基本屋内だが、試合を行う場所だけは天井が開閉式になっており、その時の天候の状況に合わせて試合を行う。
風が吹いて、柔らかな髪が舞うたび、は小さく手で押さえ、しゃがみ込んで備品箱を整えていた。
凪(……なにしてんの、こんな時間に)
凪は足を止める。別に理由があったわけじゃない。
ただ、ふと、目が離せなかった。
そのときだった。
風がふわりと強くなり、地面に置いていた書類の束がふわりと宙に舞った。
「あっ……!」
が焦ったように追いかける。
そのうちの一枚が、凪の足元へと滑ってきた。
凪「……あーあ、めんど」
言いながらも、凪はしゃがんでその紙を拾い、ひょいと手を伸ばして差し出した。
凪「これ。飛んできたよ」
「……あ……ありがとう、凪くん」
はにかむような笑顔。少しだけ息が上がっている。
だが、謝るでもなく、ただ丁寧に頭を下げるに、凪はちょっとだけまぶしさを感じた。
「でも……ごめんなさい、迷惑だったよね」
凪「んー、別に。……マネージャー…じゃなくて、さな、って呼んでいい?」
「え?あ、うん」
凪「、頑張ってるね。面倒なこと、ひとりでやってさ」
「……え、そ、そんな……頑張らないと、ってだけで」
凪「ふーん……」
それきり、凪は何も言わずに歩き出した。
けれどその背中は、どこかいつもよりゆっくりで、最後に一度だけ後ろを振り返る。
凪(……この子、やっぱなんか……ほっとけない)
そう思った自分に、自分がちょっと驚いていた。