第3章 意識の始まり
國神の隣で、潔はいつも通りの調子で話をしていたが、の胸にはじんわりと何かが残っていた。
國神のまっすぐな言葉。潔の素直な笑顔。
少しずつ、「ここにいていいのかもしれない」と思える瞬間が、増えてきた気がした。
その日の業務をすべて終え、夜。
食堂やトレーニングルームの明かりも落ち、施設は静けさに包まれていた。
は、タオルの補充と備品の最終確認を終えたあと、ふとひとり、廊下の片隅で足を止めていた。
ようやく自分のペースで息をつけた時間だった。
(あ……静か)
無人の廊下に立ち止まり、そっと深呼吸をする。
今日も激動の1日が終わった。
けれどその静けさはどこか心地よかった。
?「……何してんの、こんなとこで」
不意にかけられた声に、の肩がぴくりと揺れる。
振り返ると、そこには凛がいた。
暗がりでも目を引くその姿。
「あ……!えっと……ちょっとだけ、空気を吸いたくて……邪魔でしたか?」
言葉を選びながら答えるに、凛は一瞬視線を向け、それから目を逸らす。
凛「…別に」
それきり、会話は途切れた。
だが、凛はに背を向けるでもなく、立ち止まっていた。
そのまま壁に寄りかかり、軽く腕を組む。
凛「……この前」
「…?」
凛「……この前、自分のことは自分でやるって言ったが、別に他意はない」
「あぁ……」
は苦笑気味にうなずく。
その言葉の棘を、いまだに少しだけ心に引っかけていたから。
凛「……無理に距離置いたわけじゃない。あんたのこと、嫌ってるとかでもない」
「……はい」
不器用な言葉が、思いのほかまっすぐで、は思わず目を見開いた。
そして少しだけ、胸の奥があたたかくなる。
凛「……ただ、勘違いはするなよ」