第16章 國神
國神の腕の中は、静かだった。
けれど、その静けさがなにより心を落ち着けてくれた。
声も、言葉も、何もいらない。
ただ抱きしめられているだけで、世界のざわめきが遠くなっていくような気がした。
少しして、國神は腕をほどき、の顔をそっと見つめた。
そして——指先で、頬に残っていた涙の粒をやさしく拭った。
力をこめない、ごく軽い動き。
けれど、そのしぐさがあまりにも優しくて、
はまた泣きそうになってしまった。
「……ごめん、國神くん」
うつむいたまま、弱々しくそうこぼす。
けれど國神は、かぶりを振って答えた。
國「謝ることなんて、なにもない。…泣くのも、頼るのも、誰かを信じたいと思うのも……全部、悪くない」
その目は、まっすぐだった。
まるで、どこにも逃げ道を用意していないような、
だけど決して押しつけにならない、真剣な眼差し。
國「……俺さ」
そのまま、彼は少しだけ前に身を乗り出し、
の両肩に、静かに手を添える。
まっすぐに視線を合わせて、ほんの少しだけ呼吸を整えると——
國「……が好きだ」
それだけを、まるで祈るように、しっかりと伝えた。
多くを語らない分、その一言には何倍もの想いが込められていた。
今、目の前にいる“という人”を、心から愛おしいと思ってくれている。
の胸が、静かに、でも確かに震えた。
心のどこかで、いつかこんなふうに言ってもらえたらと思っていた言葉。
それを、こんなにも真剣に、まっすぐに伝えてくれる人がいたことに——
涙とは違うあたたかさが、胸の奥に広がっていった。