第16章 國神
顔を上げると、そこに立っていたのは國神だった。
ドアを開けたまま、一歩だけ踏み込んだところで、彼はぴたりと動きを止める。
そのまなざしが、こちらの顔と、頬を伝う涙に注がれる。
國「……泣いてるのか……」
その言葉は、驚きでも、詰問でもなかった。
ただ、純粋な心配がにじむ、落ち着いた声だった。
國神はゆっくりとドアを閉め、音を立てないように部屋に入る。
そして——すぐに駆け寄ることはせず、
ほんの少し距離を取ったまま、穏やかな声で問いかけた。
國「大丈夫か?」
シンプルな言葉。だけど、その響きが、あたたかくて、優しくて——
胸の奥に、そっと触れてくる。
は、返事をしなかった。
できなかった。何を言えばいいかわからなくて。
それでも國神はそれを責めたりはせず、
近くの椅子を引き寄せて、静かに腰を下ろした。
國「……驚かせたなら、ごめん。声が聞こえたから、つい……」
そう言って、國神は息をつくように、少し視線を落とす。
をちらりと見て、またすぐ視線を逸らすその動作は、
きっと彼なりの配慮だった。
(また…閉じ込められた時も声が聞こえたって…)
國「……今日のトレーニングメニュー、手伝ってくれてありがとう。すごく助かった」
唐突な話題に、は思わず瞬きをする。
でも、國神は続けた。
國「正直、少し余裕がなかった。でも……が来てくれたとき、変に安心したんだ。理由はわからないけど、俺は……がいてくれると、ほっとする」
自分でも不思議そうに、苦笑する國神。
でも、その笑みにはどこか、真剣さがにじんでいた。
國「……だから、今日ここに来たのも、そういうことかもしれない、なんとなく、気になって……気づいたら、探して…来てた」
その言葉に、胸が少し震えた。
何も知らないはずなのに。
なのに彼は、こんなにも自然に、こんなにも優しく、ここにいてくれる。
涙が、またこぼれる。
でも、今度の涙は、少しだけ意味が違っていた