第15章 凪
少しだけ、風が動いた。
夕方の光が傾いて、カーテンの影がゆっくり伸びていく。
ふたりの間に、何も話さない時間が流れていた。
でも、不思議とそれは重くなかった。
凪は、足を投げ出したまま、背中を壁に預けている。
一見すると気を抜いているようで、でも——どこかずっとこちらを見ていた。
「……凪くんって、さ。なんでそんなふうに、誰かの気持ちわかるの……?」
ぽつりと零れた質問に、凪はすぐには答えなかった。
ゆっくりと目を閉じて、考えるようなそぶりを見せてから、
ふいに、こともなげに言う。
凪「うーん。……俺、のこと見てるからじゃない?」
あまりにも真っ直ぐで、返す言葉が見つからなかった。
凪は、自分でも気づかないうちに、
いつだってちゃんとこちらを見てくれていた。
「……でも、見られたくなかったのに……」
凪「なんで?」
「……だって……私……」
言いかけた瞬間、凪が動いた。
すっと身を起こして、こちらに向き直る。
そして、何かを察したように、そのまま距離を詰めてくる。
「……私なんて、もう汚れて——」
そう言い切る前に——
ふわり、と唇が塞がれた。
思考が止まった。
身体も動かないまま、ただ凪の気配だけがすぐそこにあった。
重くも、強くもない。
けれど、確かに意志のあるキスだった。
やがて、凪が唇を離す。
その距離はほとんど変わらないまま、低く、静かに言う。
凪「……そんなこと、言わなくていいよ」
ただそれだけ。
けれど、それ以上の言葉なんて、いらなかった。
彼は今、自分のすべてを肯定してくれた。
言葉よりも、もっと深いところで。
胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。
そして、なぜか少しだけ泣きたくなる。
でも今度は、それが恥ずかしいことじゃないと思えた。