第14章 潔
ゆっくりと顔を上げると、そこにいたのは潔だった。
彼は、戸口から中の様子を一瞥すると、少し眉を寄せて静かに部屋へ入ってきた。
潔「……ごめん。でも、泣き声聞こえたから…」
そう言いながら、彼は中に入ってくる。
けれど、のすぐそばまで来ることはなかった。
足元に一瞬だけ視線を落として、
潔は、窓際にある古い棚に背中を預けるようにして、そっと腰を下ろした。
潔「……ちょっと工具室の備品借りようと思って、こっち来たんだ」
それだけ言って、彼は黙った。
(…嘘つき。工具室なんて…ないのに…)
でも、それ以上聞く気にはなれなかった。
涙の痕をごまかすように目を伏せると、潔がぽつりと呟く。
潔「泣いてるの見るの……久しぶりだな」
——そういえば、あの時。
優人と向き合った、あの場所で。
あのときの自分を、潔は確かに見ていた。
でも今のこの涙は、また少し違っていて。
誰にも触れられたくなくて、誰にも気づいてほしくなかったのに。
それでも、彼は見つけてくれた。
潔「……話せって言うつもりはないよ」
少しだけ首をかしげて、潔が言う。
潔「黙ってたいなら、黙ってていい。でも、俺も…ここにいてもいい?」
その言葉に、はほんの少しだけ肩の力を抜いた。
何かを言われたわけじゃない。
でも、隣にいるというだけで、不思議と胸が落ち着いた。
静かな空気が、ふたりの間を流れていた。
潔は、それ以上近づくことも、余計な言葉を投げかけることもなく、
ただそこにいてくれた。
けれどその存在が、にとってはどこか安心できるものだった。