第9章 監獄の鍵を開く時
その名を呼ぶ声音には、怒りも苛立ちもなかった。ただ、静かな決意と優しさがあった。
國「……さっき、天羽が言ってた“嫌いになりたくなかった”って……それって、最初は本当に……黒田さんのこと、好きだったって意味なんだよな」
はびくりと肩を震わせる。
國「……無理に答えろとは言わない。辛いなら、それでもいい。でも……」
少し言葉を切り、國神は続ける。
國「今天羽が、ここに立ってるのは……逃げなかった証だ。だから、天羽の言葉を、ちゃんと聞いてあげたい。もし……もし話せるなら、聞かせてほしい」
國神はの目線にしゃがむと、肩に優しく手を置いた。
言葉の重みは強くない。けれど、真っ直ぐで、温かかった。
しばらく黙っていたが、ゆっくりと顔を上げた。
そして――震える声で、ぽつりと語り出す。
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「……うん。……最初は、優しかったの。……名前を呼んでくれて、一緒にいてくれて、怪我をしたら真っ先に来てくれて」
「……多分、優人も寂しかったんだと思う。私、“寂しくなかったの?私は寂しかった。だから、お兄ちゃんができて嬉しい”って言ったことがあって……」
「……その時の嬉しそうな顔が忘れられなくて…ほんとに嬉しかった。誰かに必要とされるって、こんなにあったかいんだって思ったの。……それだけで、十分だったのに……」
「……いつの間にか、怖くなった。……でも、それでも……嫌いになりたくなかった。あのときの優しさも、気持ちも嘘だなんて思いたくなかった……」
唇を噛みながら、堰を切ったように涙があふれる。
そんなの肩を、國神がそっと抱き寄せる。強くない。壊れ物に触れるように、静かに。
國「……その気持ちを、否定しないよ。本気で好きだったなら、なおさら俺たちは――天羽をちゃんと守る」
その言葉に、はようやく顔を覆い、声を殺して泣き出した。
凛「……もう、泣くな。……泣き顔、似合わねぇから」
誰にも届かないくらいの小さな声で、壁際にいた凛が呟いた。
その言葉に誰かが振り返る前に、凛はさっさと背を向けて歩き出した。
けれど、その背中もまた――の“味方”だった。