第9章 監獄の鍵を開く時
凪の怒りの言葉が落ち着いたあとも、はまだ俯いたまま、ドアの前で立ち尽くしていた。
凪はそれを見て、小さく溜息を吐いた。
凪「…で? 全部終わりにするつもりだったの」
「…違う、そんなつもりじゃ…」
震える声で呟くが、それ以上の言葉が出てこない。
凪「じゃあ、なに。“誰にも迷惑かけたくない”って逃げて、自分がいなくなれば全部うまくいくって…そう思ってた?」
「…」
言い返せない。
凪の声はもう怒ってはいなかった。ただ、まっすぐで、刺さるような静けさがあった。
凪「俺さ。最初、のこと“気ぃ遣いすぎな人”だと思ってたんだよね。誰にも嫌われないように、空気ばっか読んで…本音、全部我慢してる感じでさ」
は顔を上げられず、ただ唇を噛みしめた。
凪「でも最近はその“空気”すら、もう読めてないんじゃん。読んでるフリして、ほんとは“もう何も見ないようにしてる”だけでしょ」
それは、図星だった。
「…そんなこと…ない、よ…」
凪「あるよ。あのさ、誰も“優しくしてやってる”なんて思ってないよ。が頑張ってきたの、知ってるし、感謝してるし。だから一緒にいたいって思ってるの」
凪の声は、いつになくはっきりしていた。
凪「それなのに“邪魔だから消えよう”とか言われたら…俺たちの気持ちは、全部その程度だったって言われてるみたいで、マジでムカつくよ」
「…ごめんなさい…」
ポロポロと涙がこぼれる。
凪はそれを見て、ほんの少しだけ、顔をゆるめた。
凪「泣かないで。…泣かせたいわけじゃないんだから」
凪はの頬に伝う涙をぬぐった。
「…でも、私、もう分かんないよ。何が正しかったのか、誰が本当で…どこまでが、優しさなのか…」
凪「分かんなくていいよ。俺も全部分かってるわけじゃないし」
少し近づいて、の頭をぽんと撫でる。
凪「でも、自分を大事にできないやつが、他の誰かに助けを求める資格ないなんて、そんなの嘘だから。…助けてほしいなら、言えばいいんだよ。俺ら、ちゃんと聞くからさ」
その言葉は、温度のある救いだった。
そして、ようやくの中にあった“逃げ”の感情が、少しずつ崩れていった。