第1章 ズルイヒト①
『あの、ありがとう、寿くんは、どっち方面に...?』
『どっちかと言うと、あっちかな?』
そういって、来た道を指さす。一瞬訳が分からなかったが、意味を察して血の気が引く。
『ごご、ごめんね、送って貰って...!』
『ぜーんぜん。女の子の夜道の1人歩きは危ないでしょ』
と、ウィンクを決められて、ハハ...と苦笑い。どうしよう、なんだかお世話になりっぱなしだ。あ、あの、お礼を...!と、慌てて声を掛けると、寿くんはちょっと考えて、じゃあ、連絡先、交換しよう。と言ってくれた。
そんな事でお礼になるのか?と思いながら、鞄からスマホを取り出す。
滅多に増えない、自分の友達欄に寿くんの名前が表示されると、中々友達が出来ない自分にとっては、気恥しいような嬉しいような、変な感覚だった。
『オッケー!じゃあ、気をつけて帰ってね!』
『あ、う、うん、ありがとう』
そう言って、スマホから目をあげると、寿くんとバッチリ目が合った。
じーっと見つめられて、ど、どうしようと思っていると、彼はふっと力の抜けたように笑って
『大事なものは、もう、落としちゃダメだよ。』
そう、微笑んだと思うと、またニコッと笑って、サラバだサラダバー!と背を向けて歩いて行った。
ほんの数秒だったが、息が詰まった。
やけに胸が苦しいのは、さっき走ったせいだと思いたい。
バクバクする心臓を押さえて、先程の彼の姿が、言葉が、頭に浮かぶ。
『大事なものは、もう、落としちゃダメだよ。』
....落としてしまったかもしれない。
赤くなった顔を自覚しながら、スマホを握りしめた。
この世の終わりなのか、それとも始まりなのか。
そんな顔をしながら、また、へたり込む。
『....どうしよう』
消え入りそうな独り言は、乗るはずだった電車の音に、かき消された。