第10章 ズルイヒト♮①-1
「愛梨ちゃん」
その声は、久しぶりに聞いたような気がした。
夜も深けた帰り道。また電気つけなかったの?天気悪くなるから、今日は帰りなよ。と美風くんからお叱りを受けた所で、慌てて荷物をまとめて、院を出た時だ。
「....嶺二くん」
「今帰り?駅まで送るよ」
またこんな遅くまで!女の子の1人歩きは危ないのに~。といつもと変わらない様子で話しかけてくれた。う、うん、ありがとう。と返事をして、他愛ない会話をしながら夜道を歩く。
それは、落し物をした、あの日に戻ったみたいで。
ニコニコ喋る嶺二くんだけど、なんだろう、やっぱり、変な感じだ。
距離ができたのを感じながら、もうすぐ駅に着いてしまう。
このままサヨナラだと思うと、咄嗟に口が開いた。
「れ、嶺二くん!」
「うん、どったの~?」
「あ、あの、嶺二くんの...け、研究って、その...」
「研究?なんの~?」
「え、えっと、その...だ、男女の距離感における...」
「あぁ!あれか!うん。結構資料集まったよ~!」
「だから、もう大丈夫」
「え...」
そう言われて、ふと、嶺二くんと目が合った。
あ、これだ。違和感の正体。
嶺二くんと、目を合わせて、話、してないんだ。
久しぶりに目が合ったと思ったら、その瞳には、いつもと違う、確かな戸惑いと、そして...悲しみの色。
思わず息を飲んだ瞬間。
ドゴーン!!
突然鳴り響く、雷の音と、バケツをひっくり返した様な雨。
ひゃあ...!うわっ!!と、2人で駅までダッシュする。
やっとこさ屋根のある所までくれば、雨は止む気配が無い。
電車は雷の影響で止まり、傘もなく、帰りの手段も今のところない。
もうすぐ春とはいえ、夜はまだまだ冷える。肩を震わせたら、上着がかけられた。
「れ、嶺二くん?」
「愛梨ちゃん、今日、ご家族居ないんだっけ?」
「う、うん、お店の行事で、帰ってくるの明日...」
「...まだ、こっちのが近いか...」
「ご、ごめんね、嶺二くんまでずぶ濡れに..」
また、風邪ひかないかな、そんな心配をしたら、グッと手を握られた。と思ったら走り出した。