第9章 ズルイヒト⑥
「せ、先輩...?」
「あー、いや、ごめん。あのさ」
「は、はい...」
「....寿と、付き合ってんの?」
心臓が跳ねた。
「な、なんで」
その名前が?と、言葉は出なかったが、この流れを察せない程、子供では無い。どう答えたら良いものか、悩んでいたら、こちらを見つめていた先輩が、大きく息を吐いた。
「いや、俺さ。水野のこと、良いなって思ってて」
「は、はぁ」
「最近、よく一緒に居るの見るからさ、付き合ってんのかなーって」
「あ、いや、その...」
「んで、寿に聞いたんだよね。お前ら付き合ってんの?って」
「はははははい!?」
「そしたら、あいつ『ご想像にお任せします』って言うから...」
「そ、想像に...」
「でも、この間、その...あの辺で、違う女子と居るの、見たから...」
あの辺とは、俗に言う大人向けの繁華街。
別に、私には、文句を言う権利なんてない。
だって、付き合っている訳ではないのだから。
嶺二くんが、誰と何処に居ようが自由なのに、酷く胸が傷んだ。
「・・・あいつのこと、好きなの?」
「!....いや、その...」
「水野ってさ、人と話すの、ちょっと苦手じゃん?」
「...」
「でも、ちゃんと話聞いて、しっかり言葉選んで、その時必要だと思った言葉をくれる、優しいやつだなって」
「い、いえ...そんな...」
「だからさ、そんな優しいやつが、悲しそうなの、嫌なんだよね」
そう言われて、気がついた。
泣きそうな顔をしているんだ。
咄嗟に顔を隠そうとするが、先輩は手を離してくれない。
「せ、先輩...」
「俺さ、水野のこと、好きなんだ。俺じゃダメか?」
まっすぐこちらを見つめている先輩。
真剣な目に言葉が詰まる。
先輩は、頼りになって、喋るのが苦手な私でも、気さくに話しかけてくれて、大学生の時から人気がある、とても良い人だ。
でも、私が惹かれているのは、その瞳では無い。
心を鷲掴みにされた、あの瞳は、先輩のモノではない。
「っ....せ、先輩...あの...わ、私」
「いや、ごめん、分かってる。俺、結構お前のこと、見てたから」
「ご、ごめんなさ「あー!ストップ!」....っ」