第9章 ズルイヒト⑥
それは、小さな波紋
「水野」
「はい、先輩、どうされました?」
きっかけは些細なことだったと思う。
同じ学部の先輩の、レポートを手伝ったことがあって、そのお礼をしたいと、食事に誘われた。もうすぐ先輩は院を去る。それぐらいならと了承をして、お酒が出るご飯屋さんにやって来た。
「・・・あの時はデータが飛んじゃって、ほんとに焦ったよなぁ」
「あはは、そんな事もありましたね」
「水野がいて助かったよ」
「そんな!先輩の頑張りですよ!」
いやー、お前が居なかったら、俺は教授からどんな無茶難題を言われていたか...!と涙ぐみながら語る先輩に、お疲れ様でした、と声をかける。
結構ハイペースに飲まれているように見えるが、楽しそうな先輩に水をさすのもどうかと思い、ほら!水野も飲め!と言われて、頂きますと乾杯をする。
「....の、飲みすぎた....」
「だ、大丈夫ですか?」
気持ち悪そうな先輩に、買ってきたお水を渡す。悪いな、とペットボトルを渡すと、飲み干す勢いで喉を鳴らしている。ぷはー!と、半分以上無くなったペットボトルをみて、もう一本買ってきましょうか?と聞くと、いや、いい。それより...と言葉を濁される。
はい?と返事をすると、あー、うーとなんだか煮え切らない。首を傾げながら、先輩の言葉を待つ。
「・・・水野さ、お前、かなり良い奴だよな」
「そ、そうですか?」
「あぁ、研究室の掃除、率先してやってくれてたり、資料分かりやすくまとめてくれたり、相談もちゃんとしてくれるし、皆が大変な時、差し入れくれたりとか、教授なんか、デスクも資料も片付いた!って感動してた」
「そ、そんな、出来ることしただけで...」
「いやー、それでも皆、やっぱり自分のことでいっぱいいっぱいじゃん?でも、お前来てからは、大変だけど、なんか過ごしやすくなった」
そんな風に思われていたのか。褒められたくてやった訳ではないが、感謝されたら嬉しいに決まっている。ありがとうございます。と返すと、うん...と、また濁す先輩。
なんだろう、酔いが回っているのだろうか、やっぱりお水買ってきますと、コンビニへ行こうとすると、手を掴まれた。