第8章 「この夜だけは、嘘をついて」
……でも、それだけじゃない。
(……私は、諦めようとしてた)
(あの時――“もういい”って、自分の口で言ったのに)
(先生は、それでも……)
の視線が、そっと五条の横顔をとらえる。
自分を怒鳴り、引き戻してくれた手の熱が、まだ指に残っている気がした。
(……ひとりで勝手に諦めて、勝手に終わらせようとしてた)
(先生が、こんなにも――本気で、私を生かそうとしてるのに)
その思いが、胸の奥で何かを弾いた。
ゆっくりと、けれど確かに。
は、ゆっくりと息を吸い、吐いた。
そして、顔を上げた。
「……私だって、望んで器になったわけじゃありません」
声は震えているのに、不思議と揺らがない。
「ずっと……この力のせいで、周りから変な目で見られてきました。
怖がられて、避けられて……。こんな力、なければいいって、ずっと思ってた」
唇が、わずかに噛みしめられる。
「でも……もし、この力が、誰かの役に立つものだったとしたら。もし……まだ、ここで果たせる“何か”があるのだとしたら――」
目の奥に灯るものが、確かな熱を帯びていく。
「私……まだ、何もできてないんです。だから――」
「何も知らないまま、黙って処刑されるなんて……そんなの、まっぴらごめんです!」
まるで、自分の言葉が場の空気を切り裂くようだった。
は視線を逸らさず、真正面から夜蛾を見据えた。