第8章 「この夜だけは、嘘をついて」
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廊下を抜け、学長室の前で伊地知が軽くノックする。
「連れてきました」――低く抑えた声とともに、重厚な扉がゆっくりと開かれた。
は一歩、遅れて足を踏み入れる。
革張りの椅子に深く腰掛ける夜蛾学長。
その向かいでは、五条が片肘をつき、長い脚を組んでいた。
夜蛾は手元の書類を静かに閉じ、無言のままを見据える。
その視線には、軽々に言葉を置くことを拒む静かな圧があった。
「……夜遅くに、すまないな」
「いえ……大丈夫です」
は小さく首を振り、背筋を伸ばす。
短い沈黙が落ちた後、夜蛾は机上のペンを転がし、その音がやけに大きく響く。
「査問会の日程が決まった」
一語ずつ確かめるように、言葉を置く。
「――二週間後だ」
再び沈黙。
学長の視線が、鋭くの胸の奥を射抜く。
「そこで、お前の……処遇について議論される」
その言葉に、の全身に緊張が走った。
指先がわずかに震えるのを感じながら、ゆっくり口を開く。
「……呪術以外の力を持つ者は、異端者として処刑される……そう聞いてます」
言葉を選びながらも、視線は逸らさない。
「――議論の余地もなく処刑なのでしょうか?」
一瞬の間。
五条は組んでいた脚をほどき、肘を膝にのせるように前傾し、をまっすぐ見た。
「上は、何がなんでもを処刑したいと思ってる」
低く、しかしはっきりと。
「――君が、悠蓮の器である限り」
あまりの理不尽さに息が詰まった。
自分が置かれている状況に押し潰されそうになる。