第7章 「残るのは、君だけ」
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夜気が、肌を刺すように冷たかった。
五条に手首を引かれ、人気のない高専の廊下を足早に進む。
廊下の蛍光灯が一定の間隔で明滅し、そのたびに影が伸び縮みする。
足音が壁に反響して、まるで自分の鼓動を責め立ててくるみたいだった。
何も言わない。
ただ、五条の背中はいつもより大きく、そしてどこか遠く感じた。
(……怒ってる……? また迷惑かけちゃったから……)
肩にかけられた制服の上着は温かいはずなのに、指先はまだ冷えたままだ。
掴まれた手首はじんじんと痺れ、そこから心臓の鼓動まで早くなる。
声をかけようと何度も口を開きかけては、五条の無言に阻まれる。
強く引かれる感覚が、だんだんと痛みに変わっていく。
そして、その痛みが、沈黙の重さと混ざり合い、胸の奥でじわじわと膨らんだ。
やがて、耐えきれずに口を開いた。
「……私、処刑されるんですか?」
その言葉に、五条の足がぴたりと止まる。
静まり返った廊下に、二人の足音だけが途切れた。
「……どこで、それを?」
低く押し殺した声。
は視線を落とし、淡々と続ける。
「呪術以外の力を持つ異端者は……処刑だって」
一瞬、五条は何かを言いかけて口を閉ざす。
その間に、がさらに呟いた。
「……悠蓮も、処刑されたって聞きました」
その名に、空気が一段と冷たくなる。
ゆっくりと振り返った五条が、目隠しの奥から真っ直ぐにを射抜いた。
「――そんなこと、僕がさせない」
強い響き。
だが、は首を振った。
「もう……いいんです」
その声は、遠くの誰かに向けているようで、五条には届かない。
「私は、遅かれ早かれ死ぬ運命だったんですよ」
静かな言葉が、じわじわと胸を締め付ける。
「震災の時も……あの夜、子供を助けた時も……ただ、たまたま生き延びちゃっただけで」
唇の端を引き上げ、無理やり形にした笑顔。
それは笑顔と呼ぶにはあまりにも弱く、脆い。
「……運がよかっただけです。
だから、ここで終わるのも――与えられた分の人生が尽きただけなんだと思います」
自分に言い聞かせるような声だった。
それは諦めにも、安堵にも似ていて――けれど確かに死を受け入れていた。