第7章 「残るのは、君だけ」
先生に知られたくない。
きっと軽蔑される。
そんなの、耐えられない。
胸の奥に細い針が何本も突き立つような感覚が広がっていく。
声が震えそうになるのを必死に押し殺し、反射的にその手を払った。
パシッ――。
乾いた音が、やけに大きく響いた気がした。
空気が、一瞬で凍りつく。
「……だ、大丈夫ですから」
視線を逸らしたまま、小さくそう呟く。
そして、ほんの半歩、足を引いた。
五条はその仕草を見つめながら、胸の奥で、あのざらりとした苛立ちが広がるのを感じた。
理由のわからない熱が血の中を巡り、視界の端が妙に滲む。
――は無事だった。殴られたのは許せないが、暴行は未遂で済んだ。
なのに、この苛立ちはなんだ?
(上に対する苛つきか? いや……上が僕への当てつけで生徒に嫌がらせをするのは、珍しいことじゃない)
もっと、別の――胸を掻きむしられるような感覚が、五条の中でじわじわと膨らんでいた。
「そう」
短く吐き捨てると、五条はの手首を掴み、そのまま部屋を出た。
ポケットからスマホを取り出し、伊地知へ素早く連絡を入れる。
「……うん、見つけた。後、頼む」
通話を切ると同時に、五条は再びの手首を引き、歩き出す。
その力は強く、逃れることなどできなかった。
はただ、五条の背中に引かれるまま歩く。
足音だけが廊下に響き、高専へ戻るまで――二人の間に言葉はひとつもなかった。
その沈黙は、恐怖のせいか、それとも――互いの胸に渦巻く、言葉にできない何かのせいだったのか。