第27章 「花の匂いは誰のもの**」
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「あれ? 、八ツ橋嫌いだった?」
先生に話しかけられて、そこでようやく我に返った。
いつの間にか、八ツ橋を持ったまま固まっていたみたいだ。
ソファーに深く腰掛けた先生が、不思議そうに私を覗き込んでいる。
夕方。
京都から戻った先生から、「お土産買ってきたから執務室においでー」と短いメッセージが届いて。
二人で並んでソファーに座り、箱を開けて食べ始めていたところだった。
テーブルには先生が京都から大量に買ってきた、抹茶、黒胡麻、チョコ、イチゴ……と色んな味の生八ツ橋の箱が山積みになっている。
「ううん。嫌いじゃないです。大好き」
慌てて、つまんでいた抹茶味を口に運ぶ。
甘くて柔らかい味が口の中に広がるけれど。
どうしてか、いつものように美味しいとは感じられなかった。
「……なら、いいんだけど」
先生は、チョコ味の八ツ橋をひょいっと口に放り込んだ。
さっきまでは、みんなの前だから平気なふりをしていたけど。
宿儺の言葉とあの愉快に笑う気味の悪い笑い声が、まだ耳にこびりついて離れない。
押し込めていた不安が、またじわじわと浮かび上がってくる。
それに、教室で伏黒くんが話した仮説。
『……まるでコインの裏表みたいに、お前と悠蓮の境界線が混ざり合っているのかもしれない』
その言葉に重なるみたいに、あの光景が頭の中に浮かんだ。
大量の死体の中心に立つ、血だらけの悠蓮。
もしあれが、私の行き着く先なんだとしたら――
そう思った瞬間、身体に寒気が走った。
震えを抑えるように膝の上で手を握りしめると、指先は氷のように冷たくなっている。
ふと隣を見ると、先生は両手に八ツ橋を持って、幸せそうにもぐもぐしていた。
その変わらなさが、どうしようもなくほっとする。
(……少しだけ)
気づけば隣に座る先生の肩へ、そっと頭を預けていた。
「……ちょっとだけ。こうしてて、いいですか……?」
先生の体温と匂いに包まれていると、自分の輪郭が戻ってくる気がして。
私は震えを隠すように、先生の制服に顔を寄せた。