第7章 「残るのは、君だけ」
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街灯の明かりが窓を流れ、やがて人通りの多い通りから外れていく。
ビルの明かりもまばらになり、辺りは徐々に人気のない区画へと変わっていった。
やがて車は低い建物の前で停まり、男が無言で降車を促す。
そのまま裏口から建物内へと入り、人気のない廊下を進む。
足音だけがやけに響き、外の喧騒から切り離されていく。
「こちらでお待ちください」
低く抑えた声とともに、男がドアを押し開けた。
中は窓のない、淡い照明だけが灯る小さな部屋。
机と椅子が一つずつあるだけで、空気が薄く感じられる。
耳に残るのは、換気の途切れた空間特有の、低く籠もった静けさだけだった。
「……ここは?」
問いかけても、男は無言のまま視線を外す。
促されるように中へ足を踏み入れた瞬間――
背後で重たい音が鳴った。
背筋がびくりと跳ね、心臓が一拍遅れて暴れ出す。
振り返った時には、すでにドアは閉ざされ、男が鍵を回している。
「……え? ちょっと!?」
声が上ずる。
だが、男は振り向きもせず、そのまま廊下の奥へ歩き去った。
靴音が遠ざかり、やがて完全な静寂が落ちる。
「……っ」
何が起きたのか、頭が追いつかない。
五条の言葉が胸をかすめる――“僕がいない間は、高専から出ないこと”。
破ったから、これはその罰なのか。
震える手をポケットに伸ばす。
スマホで連絡を――と思った瞬間、空気が一段冷えた。
(……ない)
ポケットの中は、空っぽだった。
訓練前に、邪魔だろうと部屋に置いたままだ。
(……なんで、こういう時に限って)
ほんの少しだけ、苦く笑みがこぼれる。
は部屋の隅に腰を下ろした。
足先から冷たさが這い上がり、心臓の音だけがやけに大きく響く。
頼れるものは何もない。
気づけば、唇が動いていた。
自分でも聞き取れないほど小さく――
「……先生」
音もなく、その名前は冷たい部屋に溶けていった。