第26章 「愛ほど歪んだ呪いはない」
「……どの講義のこと言ってるんですか」
「人間が死ぬ、その瞬間の話だよ」
須和さんは、処置台の横にある精密なデジタル秤に触れた。
液晶に浮かんだ数字が、数グラムだけ跳ねる。
「命が消えた直後。……どんな個体であっても、遺体の体重は数グラムだけ減少する。汗や排泄による消失をすべて計算に入れても、説明がつかない重さが、確かに消えてなくなるんだ」
「その、数グラムの正体。……さん、何だと思う?」
「……え?」
私は自分の手のひらを見つめた。
今、私の体にある何か。
鼓動が止まったその瞬間に、消えてしまうもの。
「……有名な話ですね。二十一グラム、でしたか」
硝子さんが気怠げに答えると、須和さんは頷いた。
「そう。一九〇七年に提唱された説だ。科学的な信頼性は低いとされているけれど……。この呪いが蔓延る世界でなら、話は別だろう?」
「もし、その消えた数グラムをこの器に戻すことができたら。……なんてね。ただの科学者の空想だよ」
須和さんはふっと表情を緩め、秤から指を離すと、硝子さんが吐き捨てるように言った。
「……ありえませんよ。死んだ人間が生き返るなんて」
「どんなに傷を治せても、死んだ人間だけはどうにもならない。死は不可逆。それが破綻したら、この世界は終わりです」
須和さんは硝子さんの言葉に静かに頷き、処置台の横から離れた。