第7章 「残るのは、君だけ」
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寮へ続く渡り廊下を歩く。
夕陽はもう沈みかけ、校舎の影が長く伸びている。
(……伊地知さん、来なかったら……)
思わず足が遅くなる。
何が起きたのか、何をされそうだったのか――答えは出ない。
ただ、五条のあの近さと、低い声が耳の奥に残っている。
突然背後から、冷えた声が落ちてきた。
「――さん、ですね」
振り返る。
夕闇の中、黒いスーツに身を包んだ男が立っていた。
背筋はまっすぐ、ネクタイひとつ緩んでいない。
逆光で表情は影に沈んでいるのに、笑っていない口元だけがはっきり見えた。
「……はい、そうですけど」
返事をした瞬間、男は一歩近づき、影がさらに濃くなる。
「今から、一緒に来ていただきたい」
「……え?」
の胸がわずかに波打つ。
そのとき、訓練場を出る直前に聞いた声が、脳裏に鮮やかによみがえった。
――。僕がいない間は高専から出ないこと。小太刀も、肌身離さず持ってて
理由も告げられず、けれど妙に真剣だった声。
(……どうしよう)
足が、自然とその場に縫い付けられたように動かない。
男は一瞬だけ視線を伏せ、次に顔を上げたときには、薄い笑みのようなものが口元をかすめていた。
「……本当に、いいんですか?」
「……何が、ですか」
「あなたの力のことで、五条悟に――これ以上迷惑をかけたくないでしょう」
その一言で、呼吸が止まる。
胸の奥が冷たく締め付けられ、足先までその感覚が落ちていく。
(……呪術じゃない、私の力のこと……)
高専で、それを快く思わない者がいることを、本当は知っている。
表立っては言われなくても、視線や態度で感じ取ってきた。