第7章 「残るのは、君だけ」
放課後の訓練場。
夕陽が傾き、窓の格子が床に長く影を落とす。
熱を帯びた空気の中、木の床を踏む乾いた音と、刃が空気を切る音だけが響いていた。
「肘、もう少し締めて――そう。……そこで止める」
短く「はい」と返した彼女は、形と呼吸に意識を沈めている。
背中越しでも、それが分かった。
手を伸ばし、肘に軽く触れる。
その瞬間、の肩がわずかに揺れ、半歩、自然を装って距離を取った。
そのわずかな退き方に、五条は眉を動かした。
わずかな間。
ほんの数センチ離れただけなのに、胸の奥で小さな棘が刺さるような感覚――。
(……なんで?)
五条は一拍置き、再び間合いを詰めた。
意図的か、無意識か、自分でも判別がつかないまま――
ただ、この距離を許したくない、という衝動だけが静かに熱を帯びていく。
「もう一度。肩の力、抜いて」
呼吸が触れそうな距離。
彼女はまっすぐ前だけを見て、こちらを見ようとしない。
その横顔を見ながら、心の奥で得体の知れない焦燥がざわついた。
の視線の先に自分以外の何かが映っている――
そんな気がして、妙に落ち着かない。
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何度目かの打ち込みを終え、刀を下ろす。
「……今日はここまで。頑張ったね」
「あ、ありがとうございました」
返事とともには刀を収め、壁際のタオルとドリンクへと向かう。
手早く片付けを始める背中が見える。
その後ろへ自然と歩み寄る。
振り返らなくても、こちらの存在には気づいているはずだ。
それでも距離を詰めると、背中に視線が届くような熱が宿る。
「……ねぇ、なんでさっき避けたの?」
自分でも抑えたつもりの声が、夕暮れの静けさを裂いた。
の手が止まり、タオルの端を握る指がかすかに震える。
「……そんなこと、ないです」
背を向けたままの返事。
けれど、壁と自分の影に挟まれて、彼女にはもう逃げ道がない。
「ふーん」
短く吐き出すように言い、片手を壁につく。
乾いた音が夕闇に響く。
さらに距離を詰め、真っ直ぐに視線を向ける。
目隠し越しでも、彼女の全身がこちらの気配に覆われていくのがわかる。