第23章 「可惜夜に眠る 後編①」
気がつけば、私たちは海沿いの道を外れて、砂浜まで降りていた。
波打ち際を、二人で並んで歩く。
ザザーッと穏やかな波が、白い砂浜に寄せては返していく。
生ぬるい潮風が、泣き腫らした頬をそっと撫でた。
私の左手は、大きくてあたたかい手に、しっかりと包み込まれていた。
もう、振り払ったりしない。
自分から掴みに行った、絶対に離したくない手。
指と指が絡み合う感触が、すごく安心できた。
不意に、先生の足が止まる。
繋いでいない方の手で、波が引いた後の砂浜を指差した。
「ん? なにこれ」
屈み込んで、何かを拾い上げた。
「、ちょっと見てよこれ」
先生が楽しそうな声で差し出してきた手のひら。
そこに乗っていたのは、ぐるぐると不規則にねじれた、妙な形の貝殻だった。
「……え。なんですか、それ」
「さあ? でも、伊地知が怒られて困ってる時の顔に似てる」
真面目なトーンでそんな変なことを言うから。
「……ふふっ。ちょっと、似てるかも」
鼻をすすりながら、思わず少しだけ笑ってしまった。
先生も、私の顔を見て満足そうにくすっと笑う。
私も足元へ目を落とした。
波に洗われて、つるつるになった小さな白い貝殻。
それを見つめているうちに、忘れていた景色が、ゆっくり頭の奥から浮かび上がってくる。
「……ちっちゃい頃」
寄せては返す波を見つめながら、そっと口を開いた。
「夏になると、よく家族で海に行ってました」
「お父さんが浮き輪を引っ張ってくれて、お母さんが砂浜から手を振ってくれて」
先生は何も言わない。
ただ、私の歩幅に合わせて歩きながら、じっと隣で聞いてくれている。
「貝殻を拾ったり、波から逃げっこしたりして。……海は、すごく楽しくて、キラキラした場所でした」
そこまで言って、少しだけ唇を噛んだ。
ずっと蓋をしてきた記憶。
誰かに話すのは、たぶんこれが初めてだ。
怖い。
でも、今は――先生に、聞いてほしいと思った。
「地震があった日……学校の授業参観だったんです」
繋いだ手に、少しだけ力が入ってしまう。
すると先生が、その手を落ち着かせるみたいに、親指でそっと撫でてくれた。