第23章 「可惜夜に眠る 後編①」
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お姉さんの家を離れて、海沿いの道へ出た。
向かうのは、合宿所じゃなくて、五条家の別荘。
空はすっかり高くなっていて、眩しい太陽の光がアスファルトを照らしている。
歩くだけで、じわっと汗が滲んだ。
隣を歩く先生との間には、不自然な隙間が空いていた。
手が触れることもない、つかず離れずの距離。
先生は何も言わず、ポケットに両手を入れたまま、私の半歩前を歩いている。
(どうしよう……)
視線を下げて、先生の長い影を見つめる。
一定のリズムでアスファルトを踏む足音。
あと少し。
手を伸ばせば、その手に届くのに。
『ちゃんも、その人に思いっきりぶつかってみたら?』
お姉さんの言葉が、頭の中で何度も繰り返されている。
自分の気持ち。
ずっと抱えてきたこと。
言わなきゃいけないことは、もう分かってる。
(でも、ぶつかるって……どうやって)
「先生」って、一言呼ぶだけでいいのに。
口の中がからからで、声の出し方を忘れてしまったみたいだった。
『呪術師をやめてもらう』
もし、またあの蒼い目で「もう遅い」って言われたら。
そう思っただけで、足が止まりそうになる。
(……ううん)
ここで逃げたら、また同じだ。
もう逃げないって、決めたばかりじゃない。
ぎゅっと制服のスカートの端を握りしめて、私は立ち止まった。
私の足音が消えたことに気づいたのか、数歩先で先生も足を止める。
そして、ゆっくり振り返った。
目隠しの奥の視線が、まっすぐ私を捉えたのがわかる。
(言わなきゃ)
もう決めたんだから。
声が震えても。
泣き顔を見られても。
みっともなくても――全部、ぶつけるって。
一度だけ強く目を閉じて。
そして、まっすぐに先生を見据えた。
「先生……っ」
呼んだだけで、喉の奥が熱くなる。
それでも、唇を噛んで、どうにか声を絞り出した。
「私、呪術師……やめたくないですっ」
その一言で、堪えていた涙がこぼれた。