第23章 「可惜夜に眠る 後編Ⅰ」
「でもね」
お姉さんは、ふっと声のトーンを柔らかくした。
「カイザーだけが……泣いてる私に、ずっと寄り添ってくれてさ」
「何も言わずに隣にいてくれたの。……あの時は、それがどんな言葉よりも嬉しかったなぁ」
愛おしいものを思い出すように、お姉さんはふわりと目を細めた。
その穏やかな表情に、さっきまでの寂しそうな気配はなくなっていて。
思わずその名前に反応して首を傾げた。
「カイザー? 外人さん?」
お姉さんは、ふふっと楽しそうに笑った。
「ちがうちがう、飼ってた犬の名前! ゴールデンレトリバー。……あ、写真見る?」
そう言って、お姉さんは手元のスマホを少し操作してから、画面をこちらに向けてくれた。
「ほら、これ」
差し出された画面を覗き込む。
そこには、ふわふわの金色の毛並みをした、すごく大きな犬が写っていた。
強そうな名前とは裏腹に、舌を出して笑っているようなその顔は、とっても優しそうで。
写真の中のお姉さんにべったりとくっついていて、二人がすごく仲良しなのが伝わってくる。
「わぁ。かわいい」
「でしょ? すっごく賢くて、甘えん坊でさ」
お姉さんはスマホの画面を愛おしそうに見つめた。
写真の中の二人の笑顔が、すごく温かくて。
私も自然と、少しだけ口角が上がっていた。
「……カイザーくんも、今はお姉さんが元気になって、きっと嬉しいですね」
お姉さんは、スマホの画面を見つめたまま「うん」と小さく頷いた。
「……でもね。カイザー、三年前にいなくなっちゃってさ」
「え……?」
お姉さんは画面の中のカイザーくんの頭を、指の腹でそっと撫でていた。
口元は笑っているのに、目元がわずかに伏せられている。
(いなくなった、って……)
「カイザーの散歩中にね、元婚約者と元親友、それに生まれた子供が、家族三人でいるとこ。たまたま見ちゃって」
「散歩が終わった後、また部屋にこもって泣いちゃってさ……」
「その時だと思うんだけど」
お姉さんは、ふうっと細く息を吐いた。