第23章 「可惜夜に眠る 後編Ⅰ」
「……もしかして、失恋?」
(失恋……?)
頭の中で、その二文字を繰り返す。
『呪術師をやめてもらう』
あの言葉は、「もう先生の隣にはいられない」っていう、決定的な拒絶で。
もう二度と、あの大きな手に引かれることはないんだとしたら。
(……失恋、なのかも)
視線をマグカップに落としたまま、頷いた。
「……はい。そう、かもしれないです」
「そっかぁ……」
お姉さんは深く息を吐き出して、自分のマグカップを両手で包み込んだ。
「実は私も、すっごくひどい失恋をしたことがあってさ」
「え……?」
顔を上げると、お姉さんは天井を仰いで、少し寂しそうな笑いを浮かべた。
「私、婚約までした彼氏がいたのよ」
「親にも挨拶して、一緒に住む家も決めて、さあこれからって時にね。……まあ、見事に裏切られちゃって」
お姉さんは、マグカップの縁を指でなぞりながら言葉を続ける。
「浮気、してたことがわかってね。それも、相手は私の親友」
「さらに最悪なことに、その子……妊娠までしちゃっててさ」
「それでね、二人で私に土下座してくんの」
「『別れてくれ』って。『お腹の子供のためにも、身を引いてくれ』って」
お姉さんは、ふっと自嘲するように笑った。
「え? なんで私が悪者になってんの? ってね。ほんと、笑っちゃうでしょ」
なんだか、映画やドラマみたい。
うまく相槌することもできなくて、私はただお姉さんの話を黙って聞いていた。
「それからはもう、人間不信よ。誰も信じられなくなっちゃって」
お姉さんはハーブティーを一口飲んで、小さく息を吐いた。
「家から一歩も出られなくなっちゃってね。両親も友達も、すごく心配してくれてさ」
「色々と元気づけてくれようとしてるのは、わかるんだけどね。……それが、余計に辛くて」
(……その気持ち、わかるな)
優しい言葉をかけられても、素直に受け取れないあの感覚。
『どうせ、わかるわけない』って、勝手に壁を作って。
他人の優しさを拒絶して、自分から殻に閉じこもっていく苦しさ。