第23章 「可惜夜に眠る 後編①」
「……あ」
遠く。
木の幹と枝の隙間。
ほんの細い切れ目みたいなところから、朝焼けに染まり始めた空と。
その下に、青い帯が見えた。
(……また、海だ)
波の音は、遠くて聞こえない。
でも、胸の奥が勝手にざわつく。
逃げても、逃げても。
結局、行き着く先はここなんだ。
「……はぁ、はぁ……っ」
膝に両手をついて、大きく肩を揺らす。
汗がコンクリートにポタポタと落ちて、黒いシミを作っていく。
立ち去る先生の背中を、追いかけることができなかった。
声も出せなかった。
手も伸ばせなかった。
(……どうしよう)
終わっちゃったのかな。
本当に、全部。
もう先生の隣には――いられないってこと?
膝から力が抜けて、アスファルトの上に崩れ落ちた。
両腕で膝をきつく抱え込むようにして、小さく丸まる。
ぽろぽろと、涙がこぼれ落ちた。
拭っても、拭っても。
次から次へと溢れて、止まらない。
「……せん、せぇ……っ」
掠れた声が、朝の空気に吸い込まれて消える。
(……会いたい)
でも、もうあのあたたかい場所には戻れない。
私が、自分で壊してしまったんだから。
声を出して泣きじゃくった、その時――
「大丈夫?」
不意に、背後から声が降ってきた。
(誰……?)
慌てて袖口で目元を乱暴に拭って、声のした方へ顔を上げる。
朝焼けの光を背にして、一人の女性が立っていた。
歳は二十代くらいで。
ゆったりしたスウェット姿に、手には小さなスマホを持っていた。
片耳だけ外したイヤホンが首元でぶら下がっている。
私がぐしゃぐしゃの顔で振り向いたのを見て、女の人は「ひぇっ」と短く息を飲んだ。