第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「どっちでもいい。顔見りゃわかる。、制服のボタン掛け違えてるし、首元赤くなってるぞ」
(……えっ!)
パッと自分の襟元を手で押さえて、制服を確認すると。
硝子さんの言う通り、一つずれていた。
先生は「あーあ、のせいでバレちゃった」と言って、ケラケラと笑っている。
(は、恥ずかしすぎる!! 七海さんたちも聞いてるのに……!)
二人を見ると、七海さんは長いため息をついて無言で視線を逸らし、伊地知さんは完全に石化していた。
穴があったら、今すぐ飛び込みたい。
私は熱くなった顔を俯かせたまま、震える指で慌ててボタンを掛け直した。
焦っているせいでうまくいかない。
そんな私を先生はちらりと面白そうに見て、それからまた硝子さんへ視線を戻した。
「で、死体はどんな感じ?」
「……自分の目で見た方が早い」
硝子さんが顎でしゃくって、ブルーシートの中を示した。
先生が入口のブルーシートをばさっとめくる。
その瞬間、むっとした血の匂いに混じって、あの花の匂いが流れ出てきた。
甘い。
なのに、気持ち悪い。
肺に入った途端、一気に吐き気が込み上げてくる。
(……すごい匂い、前とは全然違う)
まだ何も見ていないのに、肌が粟立つ。
怖い……けど、ここで目を逸らすわけにはいかない。
先生の後に続こうと一歩踏み出した瞬間、私の前に七海さんの腕がすっと伸びた。
「あなたは、まだ子供です。見ない方がいい」
「……でもっ」
反射的に言い返そうとした声が、自分でも情けないくらい震えていた。
硝子さんも、後ろで結んでいた髪をほどきながら淡々と言う。
「絶対に吐かないっていうなら、見な」
そんなに。
そんなに、ひどい死体なの……?
足が地面に縫い付けられたように動かなくなる。
二人に返す言葉が見つからなくて、きゅっと唇を噛み締めていると、先生が私の頭を撫でた。
「、ここは大人の言うことは聞いておくもんだよ。伊地知といい子でお留守番してて」
悔しいけど。
今の私は、きっと中に入っても足手まといになるだけだ。
「……はい」
小さく頷くと、先生はもう一度だけ私の頭をくしゃっと撫でた。
それから、七海さんたちとブルーシートの奥へ消えていった。