第22章 「可惜夜に眠る 中編**」
「虎杖くん! さん! 無事ですかっ?」
伊地知さんが息を切らして駆け寄ってくる。
その顔が、血だらけの虎杖くんを見た瞬間、さっと青ざめた。
「ヒイイイイ、虎杖くん、だ、大丈夫ですか!? 血が、血が……」
「伊地知うるさい。悠仁を早く、硝子のところに連れてってあげて」
「は、はい! すぐに車へ……っ」
伊地知さんが慌てて虎杖くんに肩を貸す。
虎杖くんは痛みに顔を歪めながらも、無理やり口角を上げた。
「伊地知さん、わりぃ……重いっすよね」
「気にしないでください。それより足元、ぬかるんでますからね、気をつけて……」
虎杖くんが、伊地知さんに支えられながら引きずられるようにして歩き出した。
その背中が、ゆっくりと車の方へ遠ざかっていく。
泥の上に、赤い血が落ちて。
もう一つ、落ちて。
それが線になって伸びていくのを、目が勝手に追ってしまう。
(私が……送れてたら、こんなことには)
……違う。
「送れたら」じゃない。
あの瞬間、私は――自分で止めたんだ。
怖くて、終わらせたくなくて。
自分の中の、身勝手な希望を守るために。
小太刀の柄を握る指に力が入って、爪が食い込む。
その時。
座り込んでいる私の前に、黒い靴が止まった。
ゆっくりと顔を上げると、先生が静かに私を見下ろしていた。
目隠しの奥から向けられている視線が、痛い。
(……何から話せば、いいの?)
謝らなきゃいけないのに。
私が全部悪いんだと、伝えなきゃいけないのに。
頭の中がぐちゃぐちゃで、口が動かない。
「は? 怪我はない?」
降ってきた声は、いつもの私を気遣ってくれる先生のトーン。
それが今は、どんな罵倒より残酷に響く。
(怪我……)
自分の両手を見る。
泥にまみれているだけで、血は一滴も流れていない。
「……ない、です」
「そ、ならよかった」
先生はそう応えると、私の目の前にすっと右手を差し出した。
大きくて、綺麗な手。
「ほら、立って。帰るよ」