第22章 「可惜夜に眠る 中編**」
私がしっかりしていれば。
迷わなければ。
あの時、送っていれば。
後悔が一気に押し寄せて、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうになった――その時。
『ケケケッ。小僧、詰んだな』
ぬちゃり、と。
虎杖くんの右頬に、不気味な口が裂けて現れた。
そして、ひどく機嫌の良さそうな声で嗤う。
(……す、宿儺)
呪いの王。
虎杖くんの中にいる、“もう一人”。
以前から、話には聞いていたけど。
こうして直接見るのは初めてだった。
パァンッ!
突然、虎杖くんが自分の頬を思い切りひっぱたいた。
宿儺の口が潰される。
「痛っ! ……じゃなくて、うるせー!」
「てかお前、この足治せるだろ!」
虎杖くんが自分の頬に向かって怒鳴りつけた。
『断る』
今度は地面をついていた虎杖くんの手の甲に、別の口が浮かび上がった。
『だが、俺に代わるというなら。あの呪霊を祓って……』
『そこの花の匂いのする女の命くらいは助けてやってもいいぞ』
その言葉に、虎杖くんの肩がピクリと動いた。
「本当か……?」
『ああ、約束しよう』
手の甲にあるその口が、三日月のように歪む。
視線なんてないはずなのに、私をねっとりと舐め回しているのがわかった。
『ただし……助けたその女は、俺がじっくり犯して殺すがなぁ。フハハハハッ』
背筋を冷たいものが這い上がった。
先ほどの冷たさとは違う、生物としての根本的な恐怖。
「ふざけんな!! もうお前黙ってろ!」
虎杖くんが激昂して、自分の手の甲をもう片方の手で乱暴に塞ぎ込んだ。
それでも、宿儺の気味の悪い笑い声が、指の隙間から漏れ聞こえてくる。
「……悪い、。こいつの言うこと、聞かなくてていいから」
「わ、私は大丈夫だから。それより――」
そう言いかけた瞬間だった。
『グ……ァ……ヂ……ッ』
背後から、不快な濁音が響いた。
振り返ると、呪霊がゆっくりとこちらに向かって這い進んできている。
(……逃げなきゃ)
でも。
私一人じゃ、足を怪我した虎杖くんを抱えて走ることなんてできない。
(宿儺に、助けてもらう……?)