第22章 「可惜夜に眠る 中編**」
「あの日から、僕は結局……何ひとつ変わってないんだよ」
五条は、手元のスマホを壊してしまいそうなほど強く握りしめた。
「……え?」
突然のあまりに五条らしくない自嘲の響きに、伊地知は戸惑いの声を漏らした。
五条は、ボンネットに手をついて空を仰いだ。
「たった一人の女の子を、悲しみから救うことさえできない」
「本当はさ。……僕だって、全部やめさせたいよ」
独り言のように、ぽつりとこぼす。
「危険な任務も。力のことも。悠蓮、諏訪烈、彼女を悲しませる全て」
「全部、今すぐ取り上げてさ。ぐずぐずに甘やかして……に手錠でもつけて、五条家に閉じ込めて」
「……え……」
「外の世界のことなんて何一つ分からなくさせて……僕のことだけ考えて生きてくれたら、それでいいって……思う瞬間も、あるんだよね」
淡々とした口調が、逆に恐ろしかった。
伊地知の背筋に、冷たいものが走る。
「最強」である彼が言うと、冗談に聞こえない。
五条は、深く息を吐いた。
(……一昨日の夜みたいに)
脳裏には、鮮烈な記憶が蘇る。
強引に組み伏せ、逃げ場を奪うようにシーツへ押しつけた、細い手首。
首筋に赤い痕を刻み込むたび、熱に浮かされたように震えていた、彼女の身体。
優しさなんて生ぬるいものじゃ、彼女の絶望と後悔は拭えない。
彼女の中にある「過去」の記憶を、僕という強烈な「生」で上書きするように。
痛みと熱で思考を奪い、頭のてっぺんから爪先まで僕で塗りつぶしてしまえば――
彼女はもう、過去を振り返る暇なんてなくなるかも……なんて。
(……最低だよな、僕も)
熱に浮かされた彼女の耳元で、思わず口走りそうになった言葉が繰り返される。
『、このまま――』
あの時、悠仁のノックが遮らなければ、自分は何を言おうとしていた?
『どこにも行かないで』か。
『僕だけを見てて』か。
どれにせよ、それは彼女のためではなく、自分のための「呪い」の言葉だった。
(……でも、わかってる)
あんな強引なやり方で、無理やり彼女を引きずり戻したところで。
彼女自身が自分で断ち切らない限り、結局またすぐにあの海にさらわれてしまうだけだ。
五条はポケットから手を出して、握り拳を作った。